サトルは、亡くなった祖父から一冊のスケッチブックを遺された。
祖父は生涯を通じて趣味で絵を描き続けた人で、サトルは小さい頃から祖父の描く風景画に憧れていた。
しかし、祖父が亡くなってからはそのスケッチブックを開くことすらできなかった。
失われた時間と共に、そのページを開く勇気も失われていたからだ。
ある雨の日、サトルは引越しの準備をしていたとき、偶然そのスケッチブックを見つけた。
手に取ると、ふと祖父の温かい手の感触が蘇ってきた。
深呼吸をして、彼はゆっくりとスケッチブックを開いた。
中には、祖父が描いた未完成のスケッチが残されていた。
それは、サトルが子供の頃によく遊んだ古い家の庭を描いたもので、祖父の愛情が込められているように感じられた。
その絵には、色が全く施されておらず、ペンシルの薄い線だけが残されていた。
サトルは、祖父が最後に何を感じ、何を伝えようとしていたのかを考えながら、自分もまた絵筆を取る決心をした。
彼は美術学校を卒業していたが、商業デザインの世界で生計を立てるため、自分の芸術活動はほとんど忘れ去られていた。
祖父のスケッチブックを手にしたサトルは、古い庭を訪れることにした。
庭にはかつての面影が残り、草花が乱れていたが、そこには確かな美しさがあった。
サトルは祖父のスケッチを元に、彩色を始めた。彼の筆は自然と動き、色彩が鮮やかに広がっていった。
完成した絵を見つめながら、サトルは祖父との絆を感じ、涙がこぼれた。
それはただの絵ではなく、祖父からの最後のメッセージだった。
彼はその絵を自宅の壁に飾り、これからも自分の芸術活動を続けることを誓った。
祖父のスケッチブックはサトルにとって、過去と現在、未来をつなぐ架け橋となった。
その一冊が彼の人生に新たな色を加え、彼の芸術への情熱を再燃させたのだった。
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